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速攻でわかる「民藝」①

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NHK朝の情報番組で「民藝」の紹介があったそうですね。昨今の民藝ブームの内容だったとか。そんなにブレイクしてるのね、と改めて驚きました。

拙いながらも、以前仕事で書いた原稿「民藝とは」から一部抜粋します。
(速攻理解をご希望の方は、下の「解りやすく砕いてお話します。」からお読み下さい。)


「無名の職人が作る、何気ない生活用具に美が宿る」と考え、民衆の工芸が持つ美を評価する運動を「民藝」といいます。この「民藝」という言葉は、柳宋悦を中心とする同じ意志を持つ仲間が作ったもので、「民衆の工藝」を縮めた新しい造語です。

時は、大正15年のことでした。当時、急速な工業化が進み、大量生産の歪として多くの製品の質の低下がみられました。消えゆく各地の「手仕事」を見直し、豊かで質の高い生活の実現をめざそうと同志が結集した。これが民藝運動の始まりです。

柳宋悦率いる初期のメンバーには、河井寛次郎(陶芸家)・濱田庄司(陶芸家)・富本憲吉(陶芸家)・バーナードリーチ(英陶芸家)。後には、棟方志功(版画家)・芹沢銈介(染色家)らが加わりました。



解りやすく砕いてお話します。

名の知れた作家によるものではなく、各地にいるスゴ技の職人のおっちゃんやおばちゃんが、欲もなく奇をてらうこともなく黙々と作った生活用品には、美しく素晴らしものがあるよ。それを認め、守り継承して行こうじゃないか。使って豊かな毎日を送ろうよ。
そんな考えです。

柳宋悦は仲間とともに全国をまわって各地のスゴイモノを発掘指導し、多くの手仕事の立て直しを計りました。今で言う、ディレクター役を果たしたわけですね。


高度成長期の1950年代後半、民藝ブームが起きました。そして現在、かつての「民藝」を知らない若者を中心に、ブーム再来。使い手の世代交代が起きています。

写真は皿が島根の出西窯、飯碗上下が沖縄の読谷山北窯、飯碗中は島根の湯町










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by essence-interior | 2014-06-16 00:03 | 民藝

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